平成8年6月4日言渡・同日交付裁判所書記官 松山兼洋
平成3年(ワ)第183号売買代金請求事件
判 決
長野市大字安茂里2169番地1
原告 株 式 会 社 東 亜 シ ス テ ム
右代表者代表取締役 吉 岡 一 栄
右訴訟代理人弁護士 大 門 嗣 二
東京都目黒区青葉台3丁目21番8号
被告(中部NEC商品販売株式会社訴訟承継人)
NECパ−ソナルシステム株式会社
右代表者代表取締役 的井 聖士
右訴訟代理人弁護士 岡田 宰
同 戸塚 晃
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金1億5375万0849円及び内金4328万83
04円に対 する平成3年9月1日から、内金9555万4655円に対する同
年10月1日から、内金 1490万7890円に対する同年11月1日から各
支払済みまで年六分の割合による金員 を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者等
(一)原告は、コンピュ−タのシステム設計及び販売等を目的とする株式会社あ
る。
(二)訴訟承継前の被告中部エヌイ−シ−商品販売株式会社(以下「中部エヌイ
−シ−」と いう。)は、電気・電子機器等の販売を目的とする株式会社であっ
たが、平成4年5月15 日、被告に合併されて消滅し、その権利義務は被告が承
継した。
(三)訴外丸山正芳(以下「訴外丸山」という。)は、本件当時、中部エヌイ−
シ−の従業 員であり、同社長野営業所において主任営業担当として勤務してい
た。
2 主位的請求(売買代金請求)
(一)訴外丸山は、中部エヌイ−シ−のためにすることを示して原告に対しコン
ピュ−タを 買い受ける旨の申込みをしたことから、原告は、これを承諾し、毎月
末日締めの商品代金を 翌々月の末日限り支払うとの約定の下に、平成3年6月1
日から同年8月末日までの間、次 のとおり継続的に合計1億5375万0849
円(消費税込み)相当のコンピュ−タを中部 エヌイ−シ−に売り渡した(以下、
このコンピュ−タの売買契約を総称して「本件売買契約」 という。)。
(1)販売期間 同年6月1日ないし30日
・商品 PC−9801DS2等 コンピュ−タ156台
・代金額 合計 金4202万7480円
・消費税 合計 金126万0824円
・以上合計 金4328万8304円
(2)販売期間 同年7月1日ないし31日
・商品 PC−9801DS/U2等 コンピュ−タ343台
・代金額 合計 金9277万1510円
・消費税 合計 金278万3145円
・以上合計 金9555万4655円
(3)販売期間 同年8月1日ないし31日
・商品 PC−H98等 コンピュ−タ51台
・代金額 合計 金1447万3680円
・消費税 合計 金43万4210円
・以上合計 金1490万7890円
(二)訴外丸山は、中部エヌイ−シ−長野営業所の主任営業担当であって、商法4
3条所定 の商業使用人に当たり、同営業所で取り扱う商品の仕入れ及び販売に関
して委任されており、 これに基づいて本件売買契約を締結するための代理権を有
していた。
(三)仮に、訴外丸山は、右の代理権を有していなかったとしても、長野営業所の
主任営業 担当として同営業所の取扱商品を販売するための代理権を与えられてお
り、この権限の範囲 を越えて本件売買契約を締結したものであるところ、原告は、
訴外丸山が右契約を締結する 代理権を有するものと信じた。
(四)次の各事実によれば、原告が右のように信じたことには正当な理由がある。
(1)原告代表者の吉岡一栄(以下「吉岡」という。)は、訴外株式会社マイクロ
パック (以下「マイクロパック」という。)の代表取締役をも務めているが、訴
外丸山は、マイク ロパックが設立された当初から同社に中部エヌイ−シ−長野営
業所の営業担当者として出入 りしていた。
(2)訴外丸山は、売れ筋の商品については長野営業所に対する割当が少なく、顧
客の注文 に応じられないとの理由で原告に対しコンピュ−タの手配を依頼し、原
告もこれに応じて、 各月末日までに当月の販売代金を支払うという現金取引(た
だし、実際には翌月払)により、 平成2年10月分64万6016円、同年11月
分270万3050円、同年12月分19 20万3784円、翌3年1月分424
万1334円、同年2月分2134万9057円と いうように比較的少額の取引
をしてきたところ、訴外丸山からの要望によって代金の支払方 法を前記のとおり
定めた後においても、中部エヌイ−シ−が規模の大きい会社であることか ら信頼し
て疑念を抱くことなく、同年5月支払分(同年3月1日ないし31日販売分)50
19万2539円、同年6月支払分(同年4月1日ないし30日販売分)507
6万528 0円、同年7月支払分(同年5月1日ないし31日販売分)4998万
7507円というよ うに漸次取引を拡大してきたのであって、その間中部エヌイ−
シ−が支払を遅滞したことは なかった。
(3)本件売買契約に係るコンピュ−タの注文、引取、受領、代金の支払等につい
ては、訴 外丸山だけではなく、長野営業所の他の従業員が当たったことがあり、ま
た、商品の搬送に 同営業所の自動車を利用したこともあり、更に、商品が中部エヌ
イ−シ−に運び込まれて保 管されたこともあった。
(4)なお、原告が中部エヌイ−シ−との取引に当たって基本契約書を取り交わさ
なかった のは、他社との取引においても同じような例があったからであり、殊更に
書面の作成を要求 して取引が壊れるのを心配したということも理由になっているの
であって、何ら不合理な点 は存しない。また、甲第一号証の支払契約書は、取引開
始後に代金の支払方法を定めただけ のものであり、訴外丸山の名義で作成しても不
自然なものではない。
3 予備的請求(使用者責任による損害賠償請求)
(1)仮に中部エヌイ−シ−が契約上の責任を負わないとすれば、訴外丸山は、中
部エヌイ −シ−のためにすると称し、同社の代理人として原告との間において本件
売買契約を締結す るかのように仮装し、これを信じた原告をして前期2(一)記載
のとおり同年六月から八月 までの三か月にわたって合計550台のコンピュ−タを
交付させてこれを騙取した。
(二)訴外丸山の前記不法行為は、中部エヌイ−シ−の事業の執行につきされたも
のである。 すなわち、訴外丸山は、中部エヌイ−シ−から指示された価格より廉価
でコンピュ−タ等を 販売したこと により生じた値差を補填するために原告から入
手したコンピュ−タを他に転売して利益を得 ることを企図したものであり、このよ
うなことは営業所長も関与した上で長野営業所におい て一般的に行われていたこと
であるから、コンピュ−タの買付けもまたその主任営業担当で あった訴外丸山の職
務の範囲内であるというべきである。
(三)原告は、訴外丸山の右行為により前記商品代金の合計額である1億5375
万084 9円相当の損害を被った。
4 よって、原告は、被告に対し、本件売買契約に基づく売買代金又は不法行為に
基づく損 害賠償金として金1億5375万0849円及び内金4328万8304
円に対する弁済期 の翌日である(不法行為の後である)平成3年9月1日から、内
金9555万4655円に 対する前同様の日である同年10月1日から、内金14
90万7890円に対する前同様の 日である同年11月1日から各支払済みまで商
事法定利率年6分の割合による遅延損害金の 支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一)請求原因1の(一)は不知。
(二)同1の(二)及び(三)はいずれも認める。
2(一)同2の(一)は否認する。
(二)同2の(二)のうち、訴外丸山が中部エヌイ−シ−長野営業所の主任営業
担当であ ったことは認めるが、その余は否認する。
なお、訴外丸山は、中部エヌイ−シ−長野営業所と取引口座を有する顧客に対し
、日本電 気株式会社及び日本電気ホ−ムエレクトロニクス株式会社の製造する商品
(以下「エヌイ− シ−製品」という。)を販売すること、その代金を集金すること
、同営業所と新たな取引を 開始する顧客を開拓することなどについては代理権を有
していたが、これとは反対にエヌイ −シ−製品を他社から購入する権限は有してい
なかった。
(三)同2の(三)のうち、訴外丸山が長野営業所の取扱商品を売買するための代理
権を有 していたことは認めるが、その余は否認する。
なお、訴外丸山が原告との間で本件売買契約を締結したとしても、同人が有していた
前記の 代理権とは全く異質で関連性のない行為をしたものであり、右のような権限は
表見代理が成 立するための基本代理権にはなり得ないものというべきである。
(四)同2の(四)の(1)ないし(3)のうち、吉岡がマイクロパックの代表取締
役をも 務めていることは認めるが、その余は否認する。
なお、正当理由の存否を判断するに際しては、次の諸点も考慮すべきである
(1)訴外丸山と原告との取引は、半年の間に総額3億円ものエヌイ−シ−製品を現
金で買 い付けるというものであり、その態様が異常である
(2)取引の開始に当たって当然作成されるべき基本契約書が取り交わされておらず
、原告 と訴外丸山が作成したという甲第1号証には同人の肩書すら付記されていない
。また、注文 に当たっては、注文書が作成されておらず、商品の流れないし授受に関
する書類も小口出荷 分をまとめて記載したという甲第2ないし第九号証の受領書及び
マイクロパックの仕入れに ついて吉岡が記載したという甲第29号証のノ−トしか存
せず、通常の商取引の実態に照ら して不自然である。更に、多額の商品代金について
請求書が発行されていないばかりでなく、 その支払も現金によるものであり、授受に
際して領収書すら作成されておらず、商慣習上不 自然極まりない。
(3)右のような事情に徴すれば、訴外丸山の代理権について疑念を抱いてしかるべ
きであ るのに、中部エヌイ−シ−に調査、確認すらしていない。
3 同3の(一)ないし(三)はいずれも否認する。
なお、中部エヌイ−シ−は、エヌイ−シ−製品の販売を目的とする会社であるから、
長野営 業所の主任営業担当が他社から購入名下にエヌイ−シ−製品を騙取したとして
も、その職務 と関連性がなく、したがって、事業の執行につきなされた行為というこ
とはできない。
三 抗 弁
仮に、訴外丸山の不法行為が中部エヌイ−シ−の事業の執行につきされたものであ
るとし ても、原告は、エヌイ−シ−製品の購入が丸山の職務権限外であることを知っ
ていたか、又 は少なくとも知らないことにつき重大な過失があった。
四 抗弁に対する認否
抗弁は否認する。
第三 証 拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これ
をここ に引用する。
理 由
一 当事者について
1 原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、請求原因1の(一)の事実を
認める ことができる。
2 同1の(二)及び(三)の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 主位的請求(売買代金請求)について
1 本件売買契約の成否
(一)前判示の各事実に証拠(甲第1号証、第2号証の1、2、第3号証の1、2、
第4号 証の1、2、第5ないし第7号証、第8号証の1、2、第9号証、第10号証
の1、2、第 11号証の1ないし7、第13号証の1ないし60、第14号証の1な
いし33、第15、 第16号証、第18号証、第23号証の、1、2、第28号証の
1ないし8、第30号証の 1ないし6、第31号証の1ないし6、第39号証の1な
いし5、乙第1号証、第2号証の 1、2、第4ないし第8号証、第11号証の1ない
し10、第12号証、第24号証、第3 1号証の1、2、第32号証、証人丸山正芳
及び同北瀬博文、原告代表者)及び弁論の全趣 旨を総合すれば、以下の各事実を認め
ることができる。
(1)訴外丸山は、昭和55年9月エヌイ−シ−製品の販売を業とする中部エヌイ−
シ− (当時は合併される前の信越エヌイ−シ−商品販売株式会社)に雇用され、以後
長野営業所 に勤務し、昭和60年ころから平成3年9月に懲戒解雇されるまで同営業
所において主任営 業担当として勤務していた。
(2)長野営業所は、長野県北部(北信地方)を販売圏とする事業所で、本件当時は
所長の 下に課長が2名、主任が2名、その他数名の従業員が配置されており、主任は
、他の従業員 とチ−ムを組んでその担当区域の取扱店及び量販店に対して営業活動を
行い、エヌイ−シ− 製品の注文を受けて、出荷指図書や入出庫伝票によりこれを本社
に取り次ぐという業務に従 事していた。
(3)中部エヌイ−シ−が顧客と取引を行うときには継続的売買に関する基本契約を
書面に より締結することとされており、注文を受けた製品は、原則として本社から発
注を受けた仕 入業者(おおむね日本電気株式会社や日本電気ホ−ムエレクトロニクス
株式会社等の関連会 社)からエヌイ−シ−製品の物流センタ−を通じて直接顧客に配
送され、代金は本社から顧 客に宛てて発せられた請求書に基づき長野営業所の銀行口
座への振込みかあるいは現金支払 により回収される仕組みになっていた。同営業所が
他社からエヌイ−シ−製品を買い付ける ということはあまりなく、例外的にこれを行
うときには他社仕入申請書と題する書面により 本社の決裁を得ることとされており、
営業所の主任の権限で商品を仕入れることはできない こととされていた。もっとも、
実際には新発売の商品で品薄等の場合には本社の決裁を経ず に他社からの仕入れを行
うこともないわけではなかった。
(4)吉岡は、中部エヌイ−シ−との間で、昭和59年5月システムヨシオカの商号
により 個人で取引基本契約を締結し、更に、平成元年5月マイクロパックの代表取締
役として商品 売買基本約定を締結し、電気製品を買い受けるなどの取引を行ってきた
。その間、長野営業 所の主任営業担当として出入りしていた訴外丸山と知り合い、原
告を設立する際には、同人 に発起人になってもらい、同人も他所への転勤を命じられ
たときには中部エヌイ−シ−を退 社して原告で働くつもりで発起人及び株主に名を連
ねることに応じた。
(5)訴外丸山は、かねてから営業目標を達成するために、会社から指示された販売
価格よ りも値引きして商品を販売し、会社に提出する伝票には正規の価格を記載する
という方法を 用い、その差額(これを「値差」と呼んでいた。)が累積したことから
、他社から安く仕入 れたエヌイ−シ−製品を転売してその代金によって値差を補填し
ようと考えるに至り、平成 二年秋以降原告から買い付けたコンピュ−タをいわゆる現
金問屋に販売し、原告からの買付 代金額は、同年10月仕入分で64万円余、同年1
1月仕入分で270万円余、同年12月 仕入分で1920万円余、平成3年1月仕入
分で424万円余、同年2月仕入分で2134 万円余というように推移してきたとこ
ろ、同月下旬に代金の支払方法を従前の各月末締め当 月払(実際には翌月払)から各
月末締めの分を2か月後に支払うものと変更することにし、 その旨記載した書面を作
成した上、更に取引を継続し、同年5月支払分(同年3月1日ない し31日仕入分)
で5019万円余、同年6月支払分(同年4月1日ないし30日仕入分) で5076
万円余、同年7月支払分(同年5月1日ないし31日仕入分)で4998万円余 とい
うように漸次金額も増大してきた。そのほか、右のようにして原告から仕入れた商品
ば かりでなく、取引口座の名義を流用して本社から配送された商品をも現金問屋に販
売するこ とすらあった。そして、その間、訴外丸山は、現金問屋に対しては中部エヌ
イ−シ−の名で 商品を販売し(もっとも、中部エヌイ−シ−の販売圏外の業者に対し
て運送する場合には、 圏外での営業活動が露見しないように荷送人として原告を表示
することもあった。)、これ により回収した売買代金は、仕入代金として中部エヌイ
−シ−の会計処理を経ることなく現 金で直接原告に支払ったほか、中部エヌイ−シ−
の商品の販売代金として同社に入金した。 なお、右の支払金額は、いずれも原告の計
算に基づくものであり、訴外丸山自身としては、 仕入の都度納品書や請求書等の交付
を受けていたわけではなく、厳密に金額に誤りがないか 点検した上で支払ったもので
はない。
(6)訴外丸山は、その後も引き続き同様の方法により原告にコンピュ−タを注文し
てこれ を現金問屋に転売し、原告からのコンピュ−タの仕入台数及び代金額は、同年
6月仕入分で 合計56台につき代金額4328万8304円(うち消費税相当額12
6万0824円)、 同年7月仕入分で合計343台につき代金額9555万4655
円(うち消費税相当額27 8万3145円)、同年8月仕入分で合計51台につき代
金額1490万7890円(うち 消費税相当額43万4210円)に及んだが、その
仕入代金は一切支払っていない。
(7)なお、以上の間、原告は中部エヌイ−シ−との間において正規に継続的売買に
関する 基本契約を締結するようなことはしておらず、訴外丸山も原告からの仕入れに
つき本社の決 裁を経ていない。
(二)右に認定判示した各事実に徴すると、訴外丸山の行った原告からのエヌイ−シ
−製品 の買付けは、中部エヌイ−シ−の社内で定められた処理方法に反しており、ま
た、その取引 態様に不自然な点が多々見受けられるが、仕入れた商品の販売は中部エ
ヌイ−シ−として行 い、代金のうち仕入代金に充てた分を除いては同社に同社に入金
していたのであるから、右 の転売の前提としての仕入れに当たる本件売買契約もまた
原告との間で中部エヌイ−シ−の ためにすることを示して同社の代理人として締結し
ていたとみるべきであって、これを訴外 丸山の単なる個人的な取引であると評価する
のは相当でない。
また、本件証拠上、被告の主張するように、訴外丸山は原告の従業員としてエヌイ−
シ−製 品を販売するためにマイクロパックからコンピュ−タを仕入れたとまで断ずる
ことはできな い。
そうすると、本件売買契約は、原告と中部エヌイ−シ−との間において訴外丸山の代
理行為 により成立したと認められる。
2 訴外丸山の代理権の存否
(一)請求原因2の(二)のうち、訴外丸山が中部エヌイ−シ−長野営業所の主任営
業担当 であったことは当事者間に争いがないが、前項において認定判示したところか
ら明らかなよ うに、中部エヌイ−シ−は、エヌイ−シ−製品の販売を業とする会社で
あって、通常であれ ばエヌイ−シ−製品を関連会社(日本電気株式会社、日本電気ホ
−ムエレクトロニクス株式 会社等)以外の会社から仕入れることはあまりないと考え
られるのであり、また、このよう な業態に照らしてみれば、商品販売のための活動の
第一線に立つ営業所における営業担当者 に対して広く仕入に関する処理まで委任する
ことは一般的には想定し難しいところである。 現に、前判示のとおり、同社において
は、社内的に他社からの仕入については一定の手続き を履践して本社の決裁を経るべ
きことが定められていたのである。
(二)そうすると、一営業所の主任営業担当にすぎない訴外丸山がその判断で本社の
決裁も 経ずに他社からエヌイ−シ−製品であるコンピュ−タを仕入れることまで委任
された商業使 用人であったと認めることはできないから、同人が販売商品の仕入れに
当たる本件売買契約 を締結するための代理権を有していたと認めることもできない。
v
3 表見代理の成否
(一)請求原因2の(三)のうち、訴外丸山が中部エヌイ−シ−長野営業所の取扱商
品を販 売するための代理権を有していたことは当事者間に争いがない。 もっとも、
この点に関し、被告は、訴外丸山が主任営業担当として有していた右の代理権は 販売
に関するものであり、他社からのエヌイ−シ−製品の仕入れに該当する本件売買契約
と は全く異質で関連性のない事柄であるから、権限楡越による表見代理が成立するた
めの基本 代理権にはなり得ない旨主張するけれども、民法110条の解釈として基本
代理権は必ずし も表見代理の対象となっている代理権と同種ないし同質のものである
ことを要しないから、 右主張を採用することはできない。
(二)ところで、前判示のとおり、長野営業所の主任営業担当にすぎない訴外丸山に
は本社 の決裁を経ずに他社から商品を仕入れる権限はなかったのであるが、特定の製
造会社の傘下 にあってその商品を販売するために設立された会社の営業担当者(営業
所の主任程度の役職 の者)の権限は販売面に限定されていることが多く、取引社会に
おいては一般的にそのよう に認識されているとみて差し支えない。この点に関し、吉
岡は、コンピュ−タ業界に身を置 き、既に昭和五九年より中部エヌイ−シ−と取引が
あったのであるから、当然に右のような 認識を有していたと推認することができる。
もっとも、吉岡は、訴外丸山からの注文について、規模の小さい長野営業所には売筋
の商品 の割当てが少ないので手配をしてくれと依頼された旨述べ、実態としても前判
示のように新 発売の商品で品薄等の場合には本社の決裁を経ずに他社からの仕入れを
行うことこともない わけではなかったのであるが、当初の取引はともかくとして、平
成3年3月からは毎月約5 000万円にも及ぶ高額の取引に膨張したのであるから、
このような実態が品薄への対応に <とどまらないことは容易に理解できたはずである
。
また、長野営業所において、取引口座の流用により実際には取引きがないのに商品や
請求書 が送られることがあることを知っていたことは、吉岡が代表者尋問において自
ら認めている ところである。
そして、右に加えて、前判示の各事実及び前掲各証拠によれば、訴外丸山から原告へ
のコン ピュ−タの発注及びこれに対する原告からの納品は、わずか11か月間に代金
合計3億30 00万円を超えるものであるのに、継続的売買に関する基本契約すら締
結されておらず、両 者間で取り交わされたのは代金について当月末日締めの翌々月払
とする旨記載した「支払い 契約書」と題する書面だけであり、しかも、右書面は「中
部NEC商品販売(株)長野営業 所 丸山正芳」という名義で作成されたもので、作
成者の資格ないし肩書が記載されていな いばかりか、その名下に会社印ないし職印は
押捺されておらず、訴外丸山の私印が押捺され ているにすぎないこと、納品に際して
納品書や受領書が作成されておらず、原告においても 仕入台帳や売上台帳により商品
の出入りを厳密に把握するような方策を採っておらず、これ を表したものとしては吉
岡が備忘のために記帳したノ−トしか存せず、しかも、右ノ−トに は仕入金額も売上
金額も記載されていないこと、代金についても、請求書が発行されていな い上に、か
なり高額の金員であるにもかかわらず、現金で支払われており、少なくとも同年 3月
納入分以降については領収書すら発行されていないこと、以上の各事実が認められ、
こ のような本件売買に関わる諸事情は、通常の取引態様と比してかなり異常な側面を
有してい るとみなければならない。それなのに吉岡が訴外丸山が行っていた右ような
取引について中 部エヌイ−シ−の本社あるいは長野営業所の上司に問い合わせた形跡
はない。
このような諸点を総合して考察すれば、原告の代表者である吉岡は、遅くとも平成3
年の3 月の時点において訴外丸山からのコンピュ−タの注文は、主任営業担当として
の同人の権限 を越えており、その独断で行っていることを知っていたと推認すること
ができる。
そうすると、原告において、本件売買契約につき訴外丸山に代理権があると信じたこ
との立 証はないといわなければならないから、表見代理の主張、したがって、主位的
請求である売 買代金請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 予備的請求(使用者責任による損害賠償請求)について
1 訴外丸山が中部エヌイ−シ−の被用者であったことは、先に一項において判示し
たとこ ろから明らかである。
2 そこで、事案の性質にかんがみ、まず原告が訴外丸山による不法行為の内容をな
すと主 張する本件売買契約の締結及びこれに基づく原告からコンピュ−タの入手が同
人の職務の範 囲内ということができるか否かについて検討するに、前判示のとおり長
野営業所の主任営業 担当であった同人には本来的に商品の仕入れの権限はなかったの
であるが、品薄等の商品に ついては営業所において仕入れをすることもあった上、一
般的には商品の販売と仕入れとは 関連した行為であるから、中部エヌイ−シ−におけ
る内部関係や訴外丸山の主観的意図を問 わずに、その行為を外観からみれば一応中部
エヌイ−シ−の事業の執行につきされたものと いうことができる。
3 しかしながら、前項の3の(二)に判示したとおり、原告の代表者である吉岡は
、本件 売買契約の締結は訴外丸山が主任営業担当として有していた権限の範囲外の行
為であり、同 人において中部エヌイ−シ−の本社の決裁を経ずに商品を仕入れること
が許されていなかっ たことを知っていたと認められので、被告の抗弁は理由がある。
4 そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、予備的請求である不法行為(
使用 者責任)による損害賠償請求も理由がないことに帰する。
四 結 論
以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却
するこ ととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり
判決する。
長野地方裁判所民事部
裁判官 斎藤隆
右は正本である
平成8年6月4日
長野地方裁判所民事部 裁判所書記官 松山兼洋
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